2013年4月1日月曜日

40歳 ラガー熊 1


 新地での新たな生活が始まった去年の夏の夜7時頃、僕は海の横のベンチに座って夕涼みしていた。ハロゲン街灯の黄色い光と波音、波風が心地良い誰もいないメインビーチから離れた静かな場所。

 僕は、屋外で音楽を聞くときは周囲に人が居ない時のみにした。 音漏れ有無に関わらず、イヤフォン利用の様を迷惑に感じる人を見かけるからだ。 他人に不快感を与えることはできるだけやめようと、今一度再考させられる田舎だ。
 その日は、sansaで森高千里「この街」と「ファイト!」の2曲を何度もリピート再生していた。しみじみ、いい曲だ。 故郷、そして子供だった頃の思い出が蘇ってきて、ちょっと涙してた。
 あと、5・6回、聞いたらイヤフォン外して、のんびり海を見ながら新居に帰ろうと思った時に、酔っぱらいのオッサンがフラフラしながら近づいてきた。

 デッカイ体、丸太のような太い足でラガーパンツの短パン、長袖シャツだが太い腕。黒皮のショートブーツを履いた、ブロンド色で短髪の酔っぱらいの巨体熊。デブの基準が日本と全くズレているイギリスでは、そこら中にいて珍しくない容姿。私より年上で50歳前後だろうか。右手にビール瓶を2本持っている。左手はラガーパンツの中。僕もよくやる股間の痒み処理でも、モノ位置調整でもない。明らかにモノを揉み続けながらこちらへ歩いてくる。

 ここは日本ではないのだ。夜間、周囲に人が居ない、酔っぱらい、明らかすぎる腕力差・・。 海外生活そこそこ長いし、以前、オランダで面倒な経験をしたので、『明日も平穏に生活したいなら、関わられる前にすぐに去るべし』 の危険信号を感じたのだが・・・・どうもそのオッサンに漂う寂しさ、孤独感、何か懐かしいような妙な感覚があって、まぁ危険性はないだろうと思い、そのまま座って聞いてた。すぐに去ってくれるかもしれないし。普通に考えたら、大事になる可能性のが少ないわけで。

 そのオッサンは、いや、私もオッサンなので、彼をその容姿から『ラガー熊』と書くことにするが、私の真正面のベンチに座った。ベンチは沢山あるのに、なぜ、そこを選ぶのか? 電車で自分のみの車両に、酔っぱらいが来て自分の真ん前に向かい合って座った感じ。ここは海岸沿いの屋外なので海外の夜の電車内ほどの怖さはないのだが。。 
(え? おいおい、なんだよぉ。 そこがあなたのお気に入りなのかい?)

 ラガー熊との距離は2メートルほどだが、彼は浅く腰掛け、背もたれに反り返り、足を大きく開いて投げ出すように座ってるので、そのデカイ足が近くてちとコワイ。

 持ってた2本瓶のうち1本を口にあてがい歯で王冠を開けてラッパ飲みを始めた。(歯で開ける人は結構見慣れてるので驚かなかった) 左手は、座ってもラガーパンツの中だ。モノを握って揉んでいるのは確実だ。 数秒前までは自由に好きな方向を好きなだけ眺めていられたのに、前方閲覧危険かも状態になってしまった。 見るなら自己責任でチラ見のみ。

 ラガーパンツの中から出した手が腰を触るように後ろに回ったら、2本のビール瓶を持ってでてきた。 (ナヌッ!? どっから出てきた!?) 両方、王冠が無いから空き瓶のようだ。 ここに到着するまでに、最低2本飲み干してていることがわかった。 このベンチに来るまでにそこら中に空き瓶を捨てるゴミ箱はあったろうに、なぜ捨てずに持ち歩いてるのだろか。 お? ん? 酒飲めないから酒に興味無い下戸の私にもわかるぞ、4本の瓶は全部異なる銘柄だ。

と、チラ見でここまでわかった。 夜風にあたりながら静かに酒を飲む、それが心地よさそうなのはわかる、空き瓶の危険性もなさそうだが、、、それより全体から溢れてる寂しさ感がどうも気になる。なんか心にひっかかる。。
(なんか、こういうの昔あったよな・・ なんだけっけ) とふと思った。

 ヤバイ? な感じは微妙になった。 今、立ち去ったら何か言われる? と思って、僕はそのまま俯いていた。 あぁ、そうだ、音楽聞いてたんだ、すっかり忘れてた。耳中で大音量で鳴ってるのに音が聞こえる感覚がなくなっていた。 静かな夜、こんな至近距離ではシャカシャカ音が迷惑だろうと、すぐイヤフォンを外そうと耳元に手を当てたら、ラガー熊が体を起こしたので前を見た。彼は、ゆっくり手を振って、耳に当てた。 
『外さなくていいよ、そのままで、気にするな』 的なジェスチャーされた。
 ラガー熊もこっちを見ていたってことだ、、むむむ、ジェスチャーを送られ受け取ってしまったというのは、少なからず関わりができてしまったいうことだ。困ったな。帰り去るタイミングがちょっとあれだぞ。不快を与えないように、すーっと立ち去りたい。

 よし、あと2、3分経ったらさり気なく立ち去ろう と思ったら、間がわるく、声をかけられてしまった。立ち上がってこちらに来て、
「お前も飲め(的な英語で)」 と瓶をこちらに差し出された。

「ノーサンキュー アルコールはダメなんだ」  と、笑顔で断ったら、ラグビー熊はちょっとニヤッとしてもう1本の瓶の王冠を、また歯で開けてしまった。

『もう、開けてしまったから、これは飲んでいけ』  と、飲兵衛によくある流れになっちまった・・と思ったら違った。

 なんと、今、僕に差し出してから開栓した瓶は自分でラッパ飲みを始め、 さらになんと、さっきまでガブガブとラッパ飲みしてたほうの瓶をこちらに差し出したのだ。

 え?? どゆこと? 私に空き瓶を捨ててこいってことか? ん??

 ラガー熊が言った、「これは甘いんだ、お前にも飲める、飲め」と。

 受け取った瓶は空き瓶じゃなかった。 3分の1程残った飲みかけだ。で、これ、飲めと??  え。。

 ちょっと困りながらラベルを見て、笑ってしまった。 これはビールだけど、ジンジャービアなのだ。アルコールは入ってるが苦くない甘いビール。 いかつそうに見えた顔が目の前でにっこり笑っている。僕も、この熊は甘いビールを飲んでたのかとわかったら、フフと笑ってしまった。

 下戸を理由に断る僕に、甘いビールを、しかも量を減らしたものをくれた?
 
 サンキューと言って受け取ったら、熊はニッコリし、振り返って座ってたベンチに戻って行った。 横に座られて、いろいろ語られたら面倒だと思ってたので、話し込む気はないよの態度はありがたい。

 熊は普通に座らなかった、ベンチに登り、ベンチの背もたれに腰かけた。 ちょっと高いところから見下されてる感じ。熊は時折新しいビールを飲み、目を閉じて静かに俯いきながら、また左手をラガーパンツに突っ込んでチンコを揉んでいる。 股を大きく開いている熊のラガーパンツから大きなキンタマが飛び出していた。パンツ(アンダーウェア・下着)穿いてないみたいだ。 なんか、さっきより心地よさそうに寛いでる?
(こういうのも昔あったな・・) と思った。

 親切な酔っぱらいの大きな熊がキンタマ出して海風にあたりながら、とても心地良さそうに寛いでいる。

 ま、いいか。 熊が僕に会ったことでちょっとハッピーになれたようだし、僕も楽しめたし。
 僕は初対面の人から突然渡されたビールの飲みかけを飲みはじめた。 国も人種も違うけど、人間の≪飲みにけーしょん≫だ。 彼の唾の味とネットリ感がしたような気もするけども、、5分程かけて、ゆっくりと、正面の酔っぱらい熊と大きなキンタマとを眺めながら、僕も酔っぱらいになった。会話はない、ただ、お互い心地良い、それだけだ。

 僕が飲み干したのを見ていたのか、熊はベンチを降り、こちらにきて僕から空き瓶を受け取ると、自分の瓶をクイッと飲み干し、計4本の空き瓶を自分のベンチに置いてから、ピーピー(ションベンの意味)と言って海岸へ歩いていく。  どこまで酔ってるのか。 律儀な熊だ。

 熊が海に向かって立ちションしている。終わるまで待とうかと思ったが、長いションベン。なかなか出ないのか、いつまでも出したらないのか。(残尿感という意味を身を持って理解しおえたオッサンの僕です)
 熊の背中越しに、サンキュー、グッナイ と言ったら、グッナイと振り返らずに手を振って答えてくれた。

 ただ、ビールの飲みかけを飲んだだけ、心地良い、ふとした幸せの夜だ。彼と、ビールと、森高千里さんに感謝。

 と、いい気分で帰途を辿っていたら、初対面のおばさんに突然声をかけられた。 
「酔っぱらいに関わると危険よ。 彼にもう近づいてちゃダメよと。」 と勝手に言い捨てる。
 え、なんか嫌な感じ。 おばさんとしては親切なつもりで言ってくれたのだろうけども。心地よい気分ぶちこわしだ。
『そういうあんたは、彼からどんな危険被害を受けたの? 何をもってそういうこと言うかね?』
と聞き返したかったが、言えるはずなく。
その晩、モヤモヤ気分で僕は寝た。

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